【浮世絵付き】『クロニクル』を3分でレビュー

映画 クロニクル イラスト 浮世絵風 似顔絵 和風 かっこいい 日本風 イラストレーター 筆ペン 岩崎健児 Kenji iwasaki

これ映ってる? え、文字のみ?
あ、どうもIWAっす!

 

今回は『クロニクル』を3分でレビューっす。
超能力を偶然手に入れてしまった少年たちの心情と葛藤を描く青春SF映画。
全編手持ち&監視カメラ風の映像を用いた、モキュメンタリー形式またはファウンド・フッテージ方式と呼ばれるやつっすね。

本国アメリカでは大ヒット、ここ日本では当時首都圏のみの2週間限定公開だったものの、好評につき一部拡大・ロングラン上映するなど意外なハッスルぶりを見せた『クロニクル』。

 

そんな今作を3分レビュー!
童貞もリア充も集まれー!

※作品の核心に触れる記述は多め

有り得たかもしれない“俺たち”の末路

自分の生活をカメラで全て録画している高校生のアンドリュー(デイン・デハーン)。
学校ではいじめられ、家には重病の母親と無職で粗野な酒浸りの父親がいた。
そんな鬱屈した日々の中、従兄弟のマット(アレックス・ラッセル)と共にパーティーへと出かける。
生徒会長候補のスティーブ(マイケル・B・ジョーダン)とマットと、会場近くの森の中に深い竪穴を発見するアンドリュー。
中に入った3人が目にしたものはこの世のものとは思えない“何か”だった。
その日から3人の日常は劇的に変わり始める。

 

今作の感想をライトノベル風味にまとめると、
「俺のかわいいアンドリューが全ての罪を背負うなんて間違っているっ!」

アンドリューが多くの人や物を傷けたことには変わりはない。
ただし、学校も親父もクソで愛するママは瀕死の状態。
数少ない友人に対しては不信感を募らせ、そのうえ童貞である。
かつ自分自身に誰よりも強大なパワーがあったとしたら、
アンドリューのあの凶行を誰が否定できようか。

まだ童貞っすよ…?トゥルットゥルの童貞なんすよ…?

 

この『クロニクル』という作品は人によって様々な解釈の余地があるが、IWAが一番強く感じたのは“少年犯罪”についての比喩に満ちていることっす。

アンドリューの境遇はこれ以上ない程不遇なもので、それはもちろん観客も映像によって全てを把握している。
そのうえで彼に感情移入するのは当然だが、実はその同情こそが当事者のメンタルから目を背けていることになるのではないかと感じるっす。

 

彼は始終自分の姿をカメラに写してはいるが、カメラは彼の内面を写すことだけは決してできない

もちろん映画的展開の伏線として、車を潰したりクモをバラしたりと彼の凶暴性を表す描写が挟まれる親切設計にはなっている。
ただし、それがありながらもアンドリューが能力を使ってチンピラやGSから金を巻き上げる様を目の当たりにしてしまうと途端に我々は狼狽する
この時点をもって我々観客と、凶行に及ぶアンドリューとの価値観は決定的に異なってしまう。

「この子はお母さんの薬代が必要だった。
それだけなのにそこまでやっちゃうか…」っと。

ただし、その“それだけ”の価値はアンドリュー当人にしか分からないはずだ。
そのことに気付き、我々観客は少し後ろめたくなるんすよね…。

映画『クロニクル』 漫画風似顔絵

暴走する厨二スピリット

「パーティーは人からどう見られているかを知る場所」
という劇中のマットのセリフがある。

これは、
「パーティーは自分が何を考えていようが他人はこちらの外面しか見てこない場所」
と言い換えることができる。

 

結局のところ、人は目に映ったものしか理解できず“目に映らなかったもの”に関しては理解を示そうとはしない
アンドリューが凶行に至るまでの“本作”の映像を見なかった劇中の一般市民は、決して彼の行動原理を理解することはできない。

一方、ずっと彼の行動を追ってきた我々観客でさえこう思う。

「もっと何か別の方法がなかったのか」
「何故こうなってしまったんだ」
「誰かが見ていてあげられなかったのか」
「周りの大人がいけなかったんだ!」

それ等は現実の世界で少年犯罪が起きた時に、ニュースなどで周囲の人間が口を揃えて言う身勝手なセリフに不思議と似ている。

 

序盤、「ぼくを見て欲しい」という無意識化の欲求がアンドリューにカメラを持たせる。
そして最終的には、監視カメラやニュースの映像を通して市民全員が彼に注目するようになる。
ただしやはり彼の内面だけは画面に映るはずもなく、市民たちは彼を人智を超えた破壊者としてしか認識できない。
マットが叫ぶ「それは本当のお前じゃない!」というセリフだけが真実ながら虚しく響くっす…。

 

本当の感情は本人にしか分かり得ない
だからこそ、他人が無闇やたらと当人に同情するということは大変身勝手であり理解の拒絶にあたる。
これは今作にも、我々の日常生活のあらゆる面にも当てはまると感じるっす。

「ぼくはもっと強い」
かつてアンドリューが母に照れながら言ったこの言葉。
その本当の意味を説いてくれる人物が、彼にだけはいなかった
果たしてトゥルントゥルンの童貞時代の“俺たち”がアンドリューの立場だったら、あの様な言動を起こさずにいられただろうか。

ふと、自分の過去を振り替えらずにはいられなかった。

 

今回はここまデハーン!
皆さんも超能力の乱用はくれぐれもご遠慮ください。

それでは!

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