【浮世絵付き】『未来のミライ』を3分でレビュー

映画 未来のミライ イラスト 浮世絵 似顔絵 Kenji Iwasaki 岩崎健児 かっこいい 日本風 イラストレーター 筆ペン

どうも、IWAっす。

今回は『未来のミライ』を
浮世絵風イラスト付きで
3分レビューっす!

 

監督は、
今や日本のアニメーション界を
牽引する巨匠、細田守

2005年に『ONE PIECE THE MOVIE オマツリ男爵と秘密の島』の監督を務めた後、
2006年『時をかける少女』、
2009年『サマーウォーズ』を手がけ
いずれも大ヒットを記録。

2011年に独立し、
スタジオ地図を設立。

2012年『おおかみこどもの雨と雪』、
2015年『バケモノの子』等を
生み出し国内外で高い評価を受けます。

 

そんな彼が3年ぶりに
満を持して放つ今作『未来のミライ』。

細田作品には毎回賛否ありながらも
おいそれとボロ泣きさせられている
良心的なIWAですが、
実は今回は一瞬しか泣きませんでした

 

おや…おかしいぞ…

普段の生活で溜まっている
ストレスや悪しきものを今回も
涙と共にドロドロと排出するはず
だったのに…

 

というかそもそもこの作品、
一体どこをどう見れば良い作品なのか。

鑑賞後、とにかく頭を使い過ぎて
ランチに食べたカスうどんの味も
よく覚えていない始末。

未だに全容を掴みきれていない、
『未来のミライ』ですが、
少しづつ整理できてきたので
ザックリレビューしたいと思います。

 

まずはあらすじから。

※ネタバレ多め

 

あらすじ

甘えん坊の4才の男の子、くんちゃん(声:上白石萌歌)は退院してくるお母さん(麻生久美子)の帰りを待っていた。
久しぶりのお母さんとの再会にはしゃぐくんちゃんだったが、新しく生まれた妹のミライちゃん(本渡楓・黒木華)を見て戸惑う。
お父さんもお母さんもミライちゃんにかかりきりで、すねたくんちゃんは中庭に飛び出るがそこで一人の謎の男に出会う。
それはくんちゃんの運命を変える冒険の始まりだった…。

 

細田作品史上、最高難易度

★ 映画 未来のミライ 浮世絵 イラスト 似顔絵 Kenji Iwasaki 岩崎健児

ズバリこの作品が持つテーマは、
終盤でミライちゃんがハッキリ
口に出して言ってしまっている。

「ほんの些細なことが
いくつも積み重なって
『今』の私たちを形作っている」

とりあえずの作品の”立ち位置”は
この台詞に集約されているように思う。

 

ただし
『未来のミライ』という作品は
そんなメッセージを踏まえて
全容を考えてみても、
依然としてスッキリしないのである。

一体何がこの作品を
難解たらしめているのか?

 

まず、山下達郎の曲が流れる
オープニングシーンから
違和感を覚えずにはいられない

上空からの街の俯瞰ショットは、
やがてくんちゃん達が住む
奥行ある独特な造りの家屋に
向かってクローズアップしていく。

 

すると突然、
まるでエンドロールのような
ブラックバックの
スタッフクレジットが流れ出す。

くんちゃんを妊娠中であろうお母さんの
場面写真をいくつか見せたあと、
画面が暗転し作品タイトルが出る。

そしてなんと、
先ほどと全く同一画角の街の
俯瞰ショットが再度挿入される

 

「ん”、なんだ今のオープニングは」

と始めは不思議に思ったが、
この違和感は物語を最後まで
鑑賞したあとにようやく腑に落ちた。

この、まるで二度手間のようなOPは
作品全体のテーマである“生命の循環
を映像的に表現している。

 

同じような場面を二度見せ、
観客に作品内の時間経過を
追体験させる狙いがあるのではないか
と考える。

生命・世代の遷り変わりを観客の
無意識下に刷り込むと同時に、
くんちゃんの家以外の他の家でも
同じ様に生命の営みが行われている
ということをこの俯瞰ショットは
教えてくれている。

 

細田守、やはり…

良い意味で変態である。

 

断絶した時の中で

★ 映画 未来のミライ 浮世絵 イラスト 似顔絵 Kenji Iwasaki 岩崎健児

「未来のミライ」には、
これでもかというくらい、
比喩やダブルミーニングで
溢れかえっている。

 

例えばくんちゃんが大好きな
電車の路線図。

点と線が複雑に入り組んだ
カラフルな図は、
家族、ひいては生命全体の
インデックス構図であることを
匂わせる。

世界を通して、
自分を知ることになるくんちゃんが
自分自身の人生の路線を獲得する為に
奔走するこの物語に、電車の路線図が
効果的に寄り添っている。

 

そして、くんちゃんの冒険の
出発地点である中庭。

家の構造上、
他の部屋とは文字通り断絶された
この空間から、
毎回くんちゃんが家族との断絶
感じた際に物語が始まる。

 

 

ちなみにこの冒険部分、
一見すると全てくんちゃんの
想像世界のように見えがち。

しかし、
ワンコくんちゃんがお父さんに
ゆっことして映っていたり、
現在と過去のミライちゃんが
連動していたりと一概に全てが
想像上の出来事ではなかったりする。

 

この虚構と現実の線引きを
わざと曖昧にしている理由

それは、
そもそも幼少期の記憶なんて
それほど明確ではないし補正が
かかっていたりするでしょ?

いつのどの出来事が
自分の成長のきっかけになったか
なんて覚えてないでしょ?

だったら記憶の時間軸なんて
関係ないし世界線だって自由に
変えたって今のあなたは
成り立つでしょ?

といった観客側の記憶の脆弱性を
逆手にとった表れかもしれない。

 

冒険の順序に意味がある?

★ 映画 未来のミライ 浮世絵 イラスト 似顔絵 Kenji Iwasaki 岩崎健児

中庭での冒険の順序そのものが
物語の起承転結であり、
同時に人生においての起承転結
までも表現していることを
抑えておきたい。

 

物語序盤、
くんちゃんがゆっこの犬真似をする
(1階/子供部屋)

愛情の喪失に悲しむゆっこの
尻尾を奪い取り、
ワンコに変身して駆け回る
(2階/中庭〜3階/リビング)

ミライちゃんとゆっこと協力して
雛人形を片付ける
(3階/リビング〜4階/ソファスペース)

自転車が欲しいと
自発的に両親に申し出る
→ひいじいちゃんのエピソード
への発端
(4階/ソファスペース)

黄色いパンツが履きたいと
お出かけ前に駄々をこね、
最上階まで駆け上がる
→“駅”のエピソードへの
発端
(5階/ベッド・バスルーム)

と、話を追う毎に
エピソードの重要度と家の階層が
比例関係的に上昇していく。

 

そして各エピソードには
それぞれテーマが存在し、
これが上述した通り
人生の普遍的な起承転結
表現している。

ゆっこエピソード:愛の喪失

雛人形エピソード:協力の必要性

ひいじちゃんエピソード:
自転車の補助輪を克服する自立心

駅のエピソード:
アイデンティティの獲得

 

このように物語上の起承転結・
人生においての起承転結を
家一軒丸々ダイナミックに
使って表現する発想が
常人離れし過ぎている。

 

細田さん、最高に変態ダゼ!
(褒めています)

 

結局『未来のミライ』は何が言いたい?

★ 映画 未来のミライ 浮世絵 イラスト 似顔絵 Kenji Iwasaki 岩崎健児

ざっくばらんに言えば、
この物語は細田守の個人的な
体験をエンターテイメントに昇華
しようとした作品だ。

 

劇場用パンフレットによれば、
くんちゃんの言動は
細田氏の長男がモデルとなっているそう。

それと同時にこんなことも語っている。

愛を得たり失ったり、その繰り返しが人生。
これは4歳児の話ではなく、愛をめぐる「人間の普遍的な人生の話」
東宝(株)映像事業部発行 劇場用パンフレットより引用

ここからも解るとおり、
人生の普遍的な構造を
4歳児のミクロ的視点から
描いた壮大な生命・家族論映画
であるそう。

 

正直、この発想が狙いとして
成功していたかどうかは疑問だ。

テレンス・マリック監督の
『ツリー・オブ・ライフ』のように
執拗なくらいに家族と宇宙
(=ミクロとマクロ)を対比させる
ようなややイってしまっている
突っ込んだ演出も特にない。

 

そもそも今作は、
“くんちゃんが兄として自覚を持つ”
といういくらでもドラマティックに
演出できそうな点を結末に設定している。

 

にも関わらず、
物語上のリミットを
全く設定していないため、
イマイチ作品に引き込まれない。

 

ただし別の見方として、

「私はまだ赤ちゃんの
ミライちゃんがいいな。
ゆっくりでいいのよ。」

というお母さんの台詞を
借りたとして、
“くんちゃんの人生の一瞬を
描いた物語なので結末を
急ぐ必要はない”という向きもある。

だがどんな映画作品にも
求心力というものは必要不可欠
ではなかろうか。

つまり、
観客を画面に引き付ける為の
“引き”がないため、
単に懐古的で説教臭い話に
なってはいないだろうか、
と感じる。

 

もちろん、
ひいじちゃんの“かけっこ”を
俯瞰的に映した“在りし日のあの人”
のような切ない演出には泣いたし、
くんちゃんが初めて自転車に乗れる
ようになる場面は感動的だ。

ただし、
それらの個々の素晴らしい場面を
活かすだけの物語が存在しないため
そこだけが変に浮いてしまっている
印象を受ける。

 

アニメーション作品としては
驚くべき新境地ではある。

ただし、
構造重視で一般客を置いてけぼりに
しているような難易度の高さのため、
娯楽作として、そして映画としては
残念ながら面白くはないと言わざるを得ない。

 

まとめ

長々語ってまいりましたが、
『未来のミライ』のを3行で
まとめると、

・ひいじいちゃんのシーンはどれも素晴らしい

・散りばめられた比喩や謎を議論して楽しむタイプの作品

・上白石さんの声自体は綺麗だがミスキャストかと…

です!

 

散々書いてきましたが
決して嫌いな作品ではありません。

細田さんの次回作にも
もちろん期待しています。

 

それではまた次回。

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