【浮世絵付き】『パシフィック・リム アップライジング』を3分でレビュー

映画 パシフィック・リム アップライジング 浮世絵風 似顔絵 和風 かっこいい 日本風 イラストレーター 筆ペン Kenji Iwasaki 岩崎健児 

どうも、IWAっす。

今回は、
『パシフィック・リム/アップライジング』
を和風・浮世絵風イラスト付きで
3分でレビューっす!

 

2013年ギレルモ・デル・トロ監督の
第一作『パシフィック・リム』の続編
である今作。

日本大好きでお馴染みのデル・トロ監督が
本気で作ったロボットvs KAIJU映画。
前作は世界興行的には苦戦したようですが
色々な意味で日本人の心に
しかと届いた大傑作だったと僕は思っています。

 

そんなデル・トロ監督を今作では製作に回し、
スタッフもキャストもほぼ一新して
新世代の物語として生まれ変わった
今回の『パシフィック・リム』。

 

敏速になったイェーガー同様、
富士山並みに高いファンのハードルを
軽々超えることはできたのか?

それとも予告編を観て誰もが感じた、
“トランスフォーマー感”
的中してしまうのか…!?

 

それでは3分レビュー!
♪テレレーレレレ~

 

※ネタバレなし

あらすじ

環太平洋を巻き込んだ”KAIJU戦争”から10年。
殉職したペントコスト司令官(イドリス・エルバ)の息子ジェイク(ジョン・ボイエガ)は、廃品の違法売買に手を染める生活を送っていた。
ある日、彼は廃品を集めて自作のイェーガーを作る少女アマーラ(ケイリー・スピーニー)と出会う。
違法行為の末に身柄を拘束された2人だったが、PPDCの上官である義姉マコ(菊地凛子)の提案により組織の仲間入りを果たす。
教官としての任務に嫌々ながら就くジェイクだったが、ある日謎のイェーガーの襲撃を受ける。

良い意味で”軽い”

前作のダイジェストから対比させるように、
平和ボケしたジェイクのライフスタイルを
追っていく冒頭のテンポが良く小気味良い。

KAIJUとの死闘後、
街には移住困難区域が残され
そこがスラム化しているという設定の中で
ずる賢く立ち回るジェイク。

言うなれば彼は社会の日陰の存在
英雄としての巨大な父の影に
日々脅かされ、血筋に逆行するかのように
自身の使命から逃げ続けている。

彼が出会ったアマーラもまた、
過去に親を亡くした孤児であり
自作のイェーガーで自警を試みる孤独な
戦士だ。

 

そんな日陰育ちの二人が協力して、
劇中最もイカしているイェーガーである
(と僕が勝手に思っている)
“スクラッパー”を操作するシーンには
不思議な絆めいたものが感じられ、
自然と二人に感情移入することができる。

 

前作の様に主人公たちが既に
“イェーガーに乗るべき存在”ではなく、

“イェーガーに乗る理由を
これから与えられる存在”

としてこの二人を描いた点が
観客視点の等身大ヒーロー像として
うまく機能しているため物語に入り込みやすい。

 

また今作の
イェーガーとKAIJUのバトルシーンは
前作とは対照的に真昼間に行われる

前作においての
夜雨ザーザーの中での決闘シーンの
両者の動きの判別のつかなさは改善され、
画的なシンプルさが重視されているため
思う存分にロボットと怪獣のバトルを
楽しみたい人には全力でオススメっす。

 

今作の監督スティーブン・S・デナイトは
デル・トロ同様、
幼少期よりゴジラやラドンほか円谷作品の
大ファンであるという。

そのため円谷作品に共通する
“白昼に街中で怪獣が暴れまわる図”
を今作に持ち込み、大詰めの東京シーンを
念願の円谷テイストにしたという。

この決断は作品全体の雰囲気を
前作とは明確に区別する効力を発揮し、
「前作とは別物にしたい」という
作り手の意志は見事成就した形となった。

より”怪獣”らしくなったKAIJUの造形も
含め、円谷作品の持つある種の”ヌケ感”も
同時に上手く表現出来ているのではと思う。

悪い意味でも”軽い”

映画『パシフィック・リム/アップライジング』 浮世絵風似顔絵 Kenji Iwasaki 岩崎健児

後輩たちを従えたジプシー先輩の図

しかしながら
前作から削ぎ落した要素の重大さ
あまりにも致命的っす。

 

そもそも前作の、

「なぜKAIJUは海からくる“海獣”なのか」

「なぜそれと戦う場面はいつもなのか」

「なぜわざわざイェーガーによる被ばくまで描いたのか」

という諸々の設定は
日本人ならばほぼ無意識的に
理解できるはずっす。

 

平たく解釈すれば、
あの日、現実世界で日本は“海獣”によって
甚大な被害を受け二次災害として放射能の
恐怖にさらされた。

転じて劇中では、
“歩く原子炉”であるイェーガーが
KAIJUを打ち負かした。

つまり、前作『パシフィック・リム』は
2011年3月11日に起きた災厄を
全てプラスに転換して描いた、
この上ない日本人への応援歌だったっす。

日本がメインの戦場にならなかったのは
フィクションの中でさえ、
もう二度と日本が“海獣”に襲われることは
あってはならないという
デル・トロ監督なりの”愛”だったと今でも
僕はそう思っているっす。

 

そういった、
常にどこか”死の匂い”が漂っていた前作の
重みは今作にはほぼなく、
イェーガーに乗る行為そのものが
自身の成長の通過儀礼であるかのように
非常にカジュアルに描かれている。

“イェーガーに乗ること
=死を受け入れること”といった、
前作の核となる部分は今作では皆無と
言っていいっす。

 

だからといって、
それ自体が失敗だったという訳でなはい。

現代らしく、
自己の成長と世界の救済が符合する作り
ならば真に”新世代の物語”として成立する
のではないか。

暗い雨の夜を抜けて、
カラッと晴れ渡った空の下で
若い世代が必死に切磋琢磨する、
そんな物語だったら誰もが温かく迎えられる

 

ただし、
今作を観終わってみると、
一体誰がどのタイミングで成長したのかが
不思議とよく分からないのだ

(おかしいぞ…
2時間ちゃんと刮目していたはずなのに…)

 

その直接の原因としてはズバリ、
登場人物が多すぎる為
誰に焦点を絞った物語なのかが
非常に分かりにくい作りになって
しまっており、その分爽快感が
スポイルされてしまっている点っす。

ジェイクやアマーラに加え訓練生8名、
PPDCのパイロットに技師に科学者、
存在自体が疑問のシャオ産業の方々
等の人物に加え、
謎のイェーガーや量産機、
合体KAIJUなどのギミックを含めると
どう考えても盛り込みすぎっす。

 

最も不発だと思うことは、訓練生8名の
トレーニングシーンが少なすぎる故に
肝心の“新たな希望”である彼らが
最後まで全く成長していないように
見える点。

ここは時間を割いてでも、
例えば中盤辺りに実戦で仲間を失い
闘志を新たにする等の描写を入れ、
終盤の東京大決戦でKAIJUとの因縁を
晴らす等の流れにすべきでは?

と思ったっす。

そういった成長のプロセスを
描いていないために、
実戦未経験の彼らがいきなり終盤に
イェーガーに乗る場面に関しては
「勝てる訳ないやん…」と観客誰もが
思ってしまうのではないだろうか。

要は素直に彼らを応援できないのだ。

 

ジェイクとアマーラ、
訓練生8名にスポットを当てた物語に
すればより普遍的な成長譚になったのでは
と残念に思ったっす。

 

その他、
新イェーガーの動きが機敏すぎる点も
いかがなものだろう。

前作の、
歩行するだけで鳥肌が立った、
“重いものが動いてる感”はなく
その点もツボを外しているなと
感じた次第っす。

 

加えてこの作品のスタッフは
富士山は東京にあるものだと
思っているようで、
監督が好きなのは日本の怪獣だけ
なんすね…と急激に冷めてしまったっす。

 

あとマコねえさんの件は
オラぜってーゆるさねっぞ!!!

まとめ

つまるところ、
『パシフィック・リム/アップライジング』
をまとめるとこうなるっす!

・ロボットと怪獣の能天気なバトルが見たい人にはおすすめ!

・トランスフォーマーです!

・成長譚はありません!

是非ご参考に。

 

 

それでは、また次回!

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