【江戸と現代ザックリ比較】江戸の超激レアスイーツ『栗餅』とは?

江戸時代 現代比較 『栗餅』

テヤンデイ!
IWAっす!

今回は江戸時代と現代の
『栗餅』をザックリ比較します。

あまり聞き慣れない食べ物ですが、
これは江戸時代発祥の和菓子です。

現代でも数は少ないですが、
販売している店は存在します。

そして江戸時代には
『栗餅』作りの光景には
なんと黒山の人だかりが
できたいたそうです。

一体何故でしょう?

 

今回は

・『栗餅』って?

団子「I can FLY」

・ザックリお値段比較

江戸のスイーツ『栗餅』

江戸時代 現代比較 『栗餅』

栗餅はその名の通り、
栗をすり潰して一緒にこねた餅
またはこねた餅に
栗の粉末をまぶしたものを言いました。

そこへ仕上げに豆粉と砂糖、黄な粉
などをまぶして甘さを整えていたようです。

現代では栗を丸ごと餅で包んだものや
ペースト状にした栗を餅に練り込んで
更にまろやかさを重視した逸品など、
時代に合わせ調理の幅が多様化している
点も特徴的っす。

 

江戸時代では、寺社の本殿の御開帳時や
神事の祭事ごとに際して寺社内に
屋台を出して販売をしていました。

正徳元年(1711年)に
回向院(両国に現存する寺社)で
開催された祭事において、
左官の松屋三右衛門
これを売り出したのが起源とされています。

祭事以外に販売している店は非常に稀
存在していなかった可能性もあります。

江戸時代 現代比較 『栗餅』

『栗餅』は江戸のパフォーマンス・スイーツ

江戸時代 現代比較 『栗餅』

異様に楽しそうな調理風景

『栗餅』とは実は総称で、
実は江戸時代に売り出されていたもの
にはれっきとした名前がありました。

その名前とはずばり、

『飛団子(とびだんご)』。

雑魚忍者が使う最終奥義のような
ネーミングですが、
これには見世物としての調理方法が
由来しています。

 

まず、
臼でついた餅を手のひらサイズに丸め
そのまま握りつぶします。

すると指の間からグニューン
それぞれ餅が出てきます。

この分割された餅を団子状に
素早く丸め、豆粉や砂糖が入った盆に
投げ込みます

臼からこの盆までの距離は
約2メートル(六尺~七尺)あり、
この間、団子は文字通り空を飛びます。

これに群衆は熱狂し、大変に喜んだそうです。
このことから、『飛団子』という名前が
ついたそうです。

江戸時代 現代比較 『栗餅』

この笑顔である

しかし当初はこの名前以前に
別の呼び名があったようです。

そもそも、パイオニアの松屋三右衛門
初めてこれを売り出した際には
『景勝団子(かげかつだんご)
と命名されていました。

これは大名の上杉景勝の生家が所有する
『鉾(ほこ)』=戦用の武器の先端が
団子の様に丸かったためこの名前にしたようです。

(IWA的には、鉾の先に家紋が付いており
その形が丸かったからではないかと推察
しています。「九曜巴」という家紋です。)

 

しかし、上杉景勝の豪傑ぶりが
各地に知れ渡るにつれ、

「団子の名前に使ってると怒られそう」

「いくら団子の名前とはいえ大名を
呼び捨てにするのはなんかアレ」

という理由からその見た目の楽しさを
表現した『飛団子』へと名前を変えた
そうです。

 

そもそも何故始めに
大名の名前を使っちゃったんだと
色々ツッコみたくなりますね。

まとめ

最後に江戸時代と現代とで
お値段を比較してみます。

江戸時代の団子のお値段は
5つ一串で五文(約¥100)でした。

この値段に、
栗や砂糖・黄な粉などの材料費+1個数
を加え、6つで¥200の価格設定と仮定します。

現代の比較対象は、
老舗和菓子店の『赤福』さんの栗餅
としました。

江戸時代 現代比較 『栗餅』

現代でもその取扱いが少ない点や
調理方法に手間がかかる点も踏まえると
やはり現代では割高になってしまうようです。

まあ『赤福』さんですからね…。

 

いかがでしたか?
是非間近で空飛ぶ団子を
見てみたいっすね!

食べ物で遊ばないようにと
現代的コンプライアンスを
振りかざすのは野暮なので
多めにみたげて~!

 

 

それではまた次回!

〈参考:『赤福』HP〉

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