【江戸現代ザックリ比較】『水茶屋』のアイドルの裏側は思ってたより闇が深かった話

江戸時代 現代比較 『水茶屋』

テヤンデイ!
IWAっす。

今回は江戸時代の『水茶屋』を
起点に現代のアレコレを
ザックリ比較していきます。

 

水茶屋茶見世』とは簡単に言うと、
女性の接客に重きを置いた
江戸時代の茶屋のことです。

“江戸時代の会いに行けるアイドル”
“江戸時代のメイド喫茶”など
メディアでも様々な形で取り上げられて
いるのでご存じの方も多いのでは
ないでしょうか。

確かに看板娘が浮世絵に描かれたり、
江戸中から男性ファンが集まった
と聞くとアイドルやメイド喫茶などの
ポップなイメージを連想しがちです。

 

しかし、
そういったポップなイメージとは
実際かけ離れていた店もあった
ようです。

どうやら『水茶屋の業務形態には、
その名の通り現代の水商売そのもの
に通じるディープな部分が
含まれていました。

 

今記事では、

・『水茶屋』にかける男の昔と今

・『水茶屋』のうら面

・現代の本当の『水茶屋』とは

について触れていきます。

日本人男性が200年以上
成長していないんだが

江戸時代 現代比較 『水茶屋』

『水茶屋』らしき茶屋が描かれています。東海道五十三次 品川宿/歌川広重

まず、一般的な『水茶屋』の
知識について。

『水茶屋』が最も繁栄したのは
寛延(1748年)~文化(1804)
頃と言われています。

寛延以前までの普通の茶屋は、
老夫婦などが切り盛りしている
ケースが多かったようです。

身だしなみも木綿の服に
前掛けなどをした、
カジュアルかつ質素なものでした。

 

その夫婦の娘や、身内の娘が
手伝いとして店番をするようになり
その活気と花に次第に人気の火がつき、
徐々に身内でない美女も店において
集客を計る手法が確立されていきました。

そこから
主に16~20歳の女性

紅粉などで化粧をし、
晴れやかな着物をまとって
店先に立つ風景が一般的となりました。

 

当時は江戸内だけでも、
2万軒以上の『水茶屋』
存在していたと言われています。

日本男性のロリコン少女好きは
この頃からだったようです。

江戸時代 現代比較 『水茶屋』

当時の人気看板娘。おひさと鍵屋お仙/喜多川歌麿

茶屋では簡単な菓子の他に、
煮豆や漬物、豆腐、蕎麦などの
軽食も出していました。

肝心のお茶ですが、
お客ごとに茶を沸かし直す所は稀で
多くは湯のみに漉(こし)で入れた
漉茶というインスタントな方法が
メジャーでした。

『水茶屋』についての現代と江戸時代の比較4

現代の茶漉し。江戸時代は木製でした。

客には、
まず一杯目はこの漉茶を普通に出し、
二杯目は桜の塩漬けを浮かべたもの、
三杯目は香煎(麦を炒ったもの)で
香りづけをした白湯を出していた
ようです。

客が頼まなくても
この三杯目までは出していたようで
中々気が効きます。

 

ですがこれで価格は
五~十文(約¥60~¥120)なので、
500ミリペット¥120の現代の方が
この点に限っては経済的と言えるっす。

※1文12円で算出しています。もちろん茶の量と価格は当時の店によります。

 

これに加え
美女の接客がオプションとして付きます。

ここが江戸っ子の
バカ意地の見せ合いタイム。

お気に入りの看板娘の気を引こうと、
気前が良いところを見せつけます。

お茶代にやや上乗せした
二十四~五十文(約¥288~¥600)
をチップとして娘に渡す者。

時には一人で百文(約¥1200)出す
強者もいたそうです。

 

これは200年以上経った今でも
新宿歌舞伎町などでは多分毎晩見られる
光景なんじゃないっすかね…。

男よ…
全然成長してないな…

『水茶屋』のうら面

江戸時代 現代比較 『水茶屋』

ここまで『水茶屋』の表面を
見てきましたが、
これだけで終わらないのが
人の世の闇っす。

ゲームでも、
おもて面をクリアすると必ずうら面に
行けたりしますよね?

それでいざ行ってみたら
敵が強くなり過ぎてたり、
開発テスト用の支離滅裂な草原が
広がってたり割と無秩序だったり
しますよね?笑

それと同様に、
『水茶屋』のうら面もだいぶ無秩序だった
ようです

 

全てではありませんが、
『水茶屋』の中には

性風俗と癒着している店が
多くありました

江戸時代 現代比較 『水茶屋』

当時、吉原などのの遊郭には
『引き手茶屋』と呼ばれる、
遊郭の案内所的な茶屋が必ず存在
していました。

遊郭に来たお客はまずここで、
案内役に店などを紹介してもらい
遊ぶのが一般的でした。

ちなみに江戸幕府が公認していた
遊郭は吉原のみで、
その他で性風俗を行う娼婦(『岡場所』)
は取り締まりの対象とされていました。

 

しかし、
今も昔も小悪党は絶えないようで
『水茶屋』に見せかけた
『引き手茶屋』を経営する者が
多く現れました

もちろん幕府には秘密です

江戸時代 現代比較 『水茶屋』

お客に『水茶屋』で軽く飲み食いさせ、
隣接する別宅にご案内したあとに
テヤンデイなことをして差し上げる
というサービス内容でした。

別宅に専用の遊女が常駐しているか、
『水茶屋』の娘が自らテヤンデイするか
のどちらかだったそうです。

 

こうなってくると、
もはや『引き手茶屋』でもない
ような気がしてきます。

そんな無秩序状態が蔓延し、
遂には客と看板娘の売春行為まで
乱発されようになります。

この“水茶屋カオス”
プッンプンに腹を立てた江戸幕府は
文化2年(1805年)に遂に怒りの発令を
出します。

それは、

「茶店の店員の年齢は13歳以下、
もしくは40歳以上とするからな」

という誠に残念なもので、
その日は江戸中の男が泣きながら
眠りについたとかつかなかったとか。

 

こうして『水茶屋』は
急激に衰退の一途を辿っていったのです。

まとめ

江戸時代 現代比較 『水茶屋』

現代では、
『水茶屋』は一体どの職業に
あたるでしょうか。

アイドルやメイド喫茶も、
すぐに会いに行けるという点を
考慮するなら当てはまるかも
しれません。

ただ、どちらもターゲット層が
限定的過ぎるためしっくりこないかも?
とも思いました。

 

始めのセクションにも記しましたが、
店舗数は江戸だけで2万を越えており、
その分『水茶屋』の客層は老若幅広く、
より一般的に開かれた場所であった
ことがわかるっす。

 

加えて、「この人に会いたい」という
目的により利益が発生する点。
これはアイドルでもメイドさんでも
合致します。

しかし『水茶屋』の場合は
お品書きという
定額料金の他に、
娘に直接渡すチップ代が発生しています

アイドルやメイドさんにプレゼントを
持参する方はいらっしゃるそうですが、
さすがに現金を渡すとなると、
奥からえらい人が出てくるのでは
ないでしょうか。

 

(余談ですが、
昔メイド喫茶で働いていた知り合いの話
ですと、高価すぎる贈り物や現金は
店の方針で受け取れないそうです。)

 

以上のことを踏まえて導き出した
現代版『水茶屋』と呼べる職業は、

江戸時代 現代比較 『水茶屋』

です!

 

ショップ店員経験者の僕から
言わせてもらえれば、
接客業とは見た目だけでなく
人柄でいかにファンになって
もらえるかが大切です。

ですので、
キャバ嬢さんやガールズバーの方々が
適任ではないかと思いました!

 

異論は大いに認めます。笑

 

 

さて、いかがでしたか?

何かと華やかなイメージがある
「水茶屋」ですが、
一概にそうも言えない様な
裏の顔があったことを書いてみました。

まるで女性そのもののようですね
(唐突な真顔)

 

それではまた次回!

1 個のコメント

  • コメントを残す

    メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です